
“旅はENCOUNTERS—東海道53次篇”
<品川宿エリア>

わーっ!! 大きい。
京浜急行 青物横丁駅すぐ近く。旧東海道に面した品川寺(ほんせんじ)境内。入口にどんと。台座を含めると6m近い高さ。圧倒される。つい鎌倉大仏を思い出して大仏と思ったけど 江戸六地蔵の一つとされている。 (銅造地蔵菩薩坐像)
品川区で最古のお寺。樹齢600年のイチョウも育っている。


このお地蔵さん、江戸時代 1708年(宝永5年)に造られている。当時は今のようにまわりに高い建物はないから圧倒的に目立ったはず。その存在感はすごかったと思う。しかも、青銅製。お金も相当かかったとのことで品川宿が非常に?栄していた証し・・・
ちなみに「江戸六地蔵」というのは江戸起点の主要街道の入口付近に置かれていて(東海道、中山道、甲州街道、奥州街道・日光街道、水戸街道、成田道)、旅立つ人たちの無事をお祈りし、また、到着する人たちの門番をしてくれていたんだ・・・

境内には大きな釣鐘が・・ 釣鐘は数多く全国にあるし、そのまま過ぎ去るところだったんだけど、風格というかその存在が、何故か気になって何枚か撮影していた。

ごく最近、このコラムを書くために写真を整理しながら背景情報などを調べていたら、ここにはびっくりするようなドラマがあったのだ。
この近くに「ジュネーブ平和通り」という道路があり、品川寺の鐘は外国と関係があって戻ってきたという記述を口コミでちらと見た。てっきり戦争時に金属が必要で釣鐘をお国に供出したのかしら? で後に鐘は再生されたのかな?などと思っていた。
でもここにある鐘はどうみても年数がいっている…
なんと、この鐘は1657年製オリジナル。国指定重要美術品。江戸幕末の1867年、ヨーロッパで開かれたパリやウィーンの万博に日本は日本美術や工芸品の出展を盛んに行っていた。その中に何故かこの梵鐘が入って海を渡っていったそう。ところが、それがそのまま行方不明に・・ 半世紀たった1919年、日本人がジュネーブ(スイス)のアリアナ美術館の庭園に置かれていることに気づいた。スイスの美術収集家が入手して美術館展示となっていたのだ。そして住職や外交関係者が返還運動を行った。外務省や駐スイス日本公館がジュネーブ市と協議。結果、ジュネーブ市が返還すべきと決定。当時としては文化財返還運動自体も珍しく、その中でジュネーブ市は先進的な対応を行った。そして1930年(昭和5年)、60年ぶりに品川寺に帰還実現となったのだ。
品川寺側より感謝のしるしとしてジュネーブ市に石灯籠の寄贈を行い、その後、相互に文化交流が続き、1991年には品川区とジュネーブが友好都市提携を結ぶ。さらに同年、新たに鋳造した梵鐘のレプリカがアリアナ美術館に設置された!
そして、鐘の帰還(1930年)より後に第二次世界大戦(1939-1945)。戦時中には大量の全国の鐘が金属材料として供出されたんだけど、この鐘は文化財級の価値認識とされたいたことと、既に海外から戻った特別な鐘として供出をまぬがれたそうなのだ・・・!!

釣鐘から目を落とすとそこには鯛を元気に掲げだ七福神の恵比須様が・・・ 開運の気が漂っていました。

菩薩像には午後の光が漏れてくる・・・
会釈をして宿場町内の次に向かう
このあたりは昔の姿そのままが残っていなくても寺社が結構ある。
街道を歩いていてちらと見えた鳥居。寄ってみたら「諏訪神社」とある・・・

迫力いっぱいの狛犬。
その後ろにお社が・・・
近所の住宅街の人たちも往来する参道で歩を進めてゆくと・・・

どうしてそこにいるの? 雨水桶の横に猫ちゃんの姿・・・
全然人には慣れていて…

マイペースで物思いにふけっているような・・・

おっとカラスが上の方で鳴いた・・・

立派な社殿でかつてはもっとすごかったろうと・・・

傷みもあるんだけどこの龍の像もすごい・・
この「諏訪神社」を創建されたのは隣の「天妙国寺」を開かれた天目上人という方。彼の故郷、信州諏訪信仰がここにつながっているそう・・ 諏訪神は武、狩猟、風の神であるとされ、旅人や武士たちが江戸直前、あるいは江戸出陣前にここで祈願していったとのこと。
すぐ近くの「天妙国寺」

すぐ感じた特殊な雰囲気・・・
朱色のこの門もそう、建物がゆったりしていて大き目の空間も・・

この釣鐘は鳳凰が浮き出ています・・・

欄間に琴のように見える楽器を奏でて、龍が聴き入っている感じで・・
このお寺の山号は、鳳凰山。その名前は天より鳳凰の羽が舞い降りてきたという逸話からだそうだ。
そして、この境内には礎石が残っている。巨大な寺院でかつて五重塔!!があった証なのだ。室町時代中頃に建てられたのだけど1614年に大風で倒壊、1634年頃に再建されたのに1702年に大火の延焼で消えてしまった。海から江戸に入る船や東海道往来の旅人からよく見えたと思う。
それに、なんといっても、ここは将軍家の休泊寺となっていて、家光は何十回!!も立ち寄っている。東海道の入口でもあり、海運のルートでもあり、江戸南方防衛拠点で、また、鷹狩のための拠点でもあったそうなのだ。幕府施設的な存在…
さっきみた赤門は家光や秀忠との権力争いで失脚した悲劇の将軍候補とも言われた忠長 の邸の門の移築とも言われている…
何気で撮影していたものに歴史背景やいわれが隠れていて、後で調べてびっくり! お寺や神社が多いこのエリアはそんな逸話の宝庫なのだ。

街道からちょっと入ったところにほんの十数メートルの(見つけるのちょっと楽しいです)、こんな石積が残っている。これ、海際の品川宿のかつての護岸。つい住宅の一部かとも見えてしまうけど伊豆石。江戸時代の石積みが残っているのはもうここだけ。
ここから10分ちょい日本橋方向に行くと目黒川が近づいてくる。
っと、その直前、見えてきた左側に小さいけど雰囲気ある建物。
何だろう?




このタイムスリップした感の旧交番は映画のロケ地ともなっていたんだ・・・ 「野ブタ。をプロデュース」(亀梨和也,山下智久主演)「忍びの家」(賀来賢人主演), 「妖怪人間ベム」(亀梨和也,杏主演), 「ライアーゲーム」(松田翔太,戸田恵梨香主演), 「ど根性ガエル」(松山ケンイチ,満島ひかり主演), 「過保護のカホコ」(高畑充希主演)・・・
この場所、なかなかピリッと存在感ありますものね。
元交番の前は目黒川。橋を渡ると品川の龍神さまと呼ばれた荏原神社。

ふくよかな恵比須様。後ろには桜の木が・・・ 開花が美しいだろうなあ・・・ 川沿いにもう少しだけ歩いてみよう。

ここは木登りやどろんこ遊びができる。北浜というのは海に近いこのあたり。目黒川の左岸沿いは浜通りあ、川面にボラが跳ねた!!。

頭上を羽田空港に着陸する機影が迫ってくる・・・
足元には日本のハイビスカス、芙蓉の花が夏を物語る。


お詣りして出ようとしたら、足元に20cmほどのちっちゃなちっちゃな石像が・・・ かわいいふっくらした男女が寄り添った小石像ね。道祖神みたい。大きなお寺の本尊というのじゃないけど、海辺では事故や病や生き別れや水難が多かったので小さな民間信仰が多かったそう。
当時の人々の気持や愛情に触れることができた。ありがとう。
さあ、家に帰ろう。ほっこりした気持ちで…
(訪問; 2025 8月と9月)
※品川宿エリアアクセス; 京浜急行 青物横丁~新馬場~北品川
Google mapをスマホで見るのが便利で拡大すると旧東海道表示が出てきます。

安藤広重の描いた五十三次–第一の宿場 品川 日之出
品川宿は日本橋から7~8kmほど。朝日本橋を出発するとその日のうちに更に一つ先の川崎宿まで行くことも… 逆に江戸に向かってきた人たちにとっては江戸着直前に泊まって整えることが多かったみたい。着物を整える/髪を結いなおす/汚れを落とす/江戸向けの身なりにする/江戸入り前に情報収集する… など次回は第二と第三の宿、川崎宿と神奈川宿(東神奈川)エリアに行きますよー。

