
“旅はENCOUNTERS—東海道53次篇”
第四の宿、保土ヶ谷宿エリア
(2025 07-2026 05に全53宿場訪問/保土ヶ谷エリアは2025 1002)
保土ヶ谷宿場エリアに来てみたら、神社やお寺が沢山あることにびっくり。
街道脇の静かな森にも大きな社が・・・。

こちらは創建が平安時代にさかのぼる「神明社」(しんめいしゃ)。伊勢神宮と深い関係にあるそうだ。家康が社殿を造営し、1619年に今の地に移ったとのこと。

お供えの日本酒、「鬼ころし」に目がいっちゃったけど・・・
ススーっとお詣りに来る人達が絶えない。
流れている空気が気持ちいい。水の音も聴こえる。


大木に着生するノキシノブ(軒忍)は元気いっぱい。
境内の隅にはうっすら苔蒸したお狐さま。キリリとした表情。



こちらは最初、何が浮いているのか?と思った。「清流 人形(ひとがた)流し」。紙の人形を手に取り、撫で、息を吹きかけ、地下70mから汲んだ井戸水に流す。知らぬうちに犯した罪や、積もった心身のけがれを取り除いてくれるんだそう。静かな気持ちで僕もやってみた。

小さく風に揺れる絵馬。(2025年の干支は巳へび)
お詣り終えた人が過ぎてゆく・・

実ったばかりの稲の穂がおさめられている。季節を感じられて嬉しい。

心すっきり、気持ちいい~~!! さ、街道に戻ろう!・

宿交差点付近に小さな屋根が見えてきた。東海道・相州道追分庚申堂。二つの道の分岐点。300年以上前、江戸時代前期から道行く人たちの旅の安全をずっと、今でも守ってくれている。
ここは相鉄線天王町(てんのうちょう)駅から数分のところ。
駅のすぐ近くに流れる川の名前にびっくり。前回訪問の神奈川宿の海際河口の帷子(かたびら)川。そこから3kmほど上流だった。この辺りは、急な丘陵が多く、川幅は狭く蛇行していた。更に今井川が流れ込み、江戸時代はたびたび氾濫。木橋は大雨で流失することも。暴れ川の浸水被害を防ぐため江戸時代から工事は行われたが昭和30年代に流れを変更するまでたびたび浸水。駅前に昔の橋の跡がある。ちなみに江戸時代後期の工事の際に出た膨大な土砂は品川台場(外国侵入防止のための砲台)埋め立て用土として幕府に献上され船で運ばれていったのだそうだ。
そんなわけで多くの寺社は川辺を避け少し高いところに建ち、災害を防ぐ鎮護の精神的中心だったよう・・ その姿が現代まで残っている。

街道の足元に大きく立派に咲くダチュラ(チョウセンアサガオ)。
秋到来を知らせる。
街道から少し入ったところにかわいいお寺があった。見光寺(けんこうじ)。1629年に開かれた浄土宗寺院。


境内には「見ざる・聞かざる・言わざる」三ざるが・・・

とっても親しみを感じてしまって・・・ つい、ほっこり・・

揺れる鮮やかなブルー。
ツバメが飛ぶようなお花。
メドーセージ(サルビア・ガラニチカ)。新しい美しさが嬉しい・・。
こちらも街道沿いのお寺。建物の間にある。香象院(こうぞういん)(高野山真言宗)。

大きな仏足石が入口に。その向こうは街道。駅に向かって歩く人々の足取りは早い。あ、江戸時代の急ぐ人達もこの街道をズンズンいったんだよね。江戸走りっていうのがあったというし・・・
こちらは気持ちよーく横に伸びる塀。1573年創建の天徳院。日傘もまっすぐ横に過ぎてゆく。

見られなかったんだけど、本尊は昔の出来事?から「餅きらい地蔵」と言われ、境内で餅を食すのは禁止。また、地蔵菩薩坐像の胎内に納められている6cmほどの小さな地蔵菩薩は運慶作と伝えられている。

このお地蔵さんたちの表情は穏やか・・・
少し街道から上がったところにある遍照寺。伝承では876年(貞観18年)弘法大師弟子による創建。1618年に今のところに移り再興されたとのこと。

ひっそりと。でも、鮮やかな芙蓉の花。
本尊の木造薬師如来坐像は鎌倉時代制作で人々の病を治す仏とされる。

彫り込みの細かい大きな仏足石が・・・

柔和な表情の石仏。

大きく熟し、垂れてきた柚子(ユズ)
坂を少しあがると日蓮宗 大蓮寺の石段。

山門の奥に屋根が素敵な感じで見えてきた。

こじんまりした境内に入るとサルスベリのピンクが目に飛び込んできた。


奥の本堂まで上がる。
若いころの日蓮が比叡山に向かう途中、この地の農家に宿泊されたとの伝承がある。一夜を過ごされたことをきっかけにそのお家が大蓮寺の始まりに・・・

石灯籠に彫られたこれは何?と思ったらお金や宝物を入れる巾着。

こちらは財宝籠。
富貴繁栄、家内安全を呼び込む強い願いが込められているよう・・
お寺巡りの方とすれ違い、ご挨拶。教えていただいたのが、家康の側室お万の方の手植えと伝わるザクロ(柘榴)。


ちょうど熟したザクロが地面に落ちていた・・
綺麗なルビー色だね…
あ、そういえば、「ルビーの指輪」のあの人は保土ヶ谷生まれだった・・・
街道に沿って走るJR横須賀線/東海道線. 保土ヶ谷駅近くのながーい踏切。すぐ傍らに真言宗 大仙寺. 1000年以上前の平安時代に創建とのこと。

保土ヶ谷宿を支えた有力者たちの菩提寺になっている。江戸時代の参勤交代。保土ヶ谷宿に泊まるときにはこのお寺に参拝し、旅の安全を祈願されたとのこと。


龍が描かれた釣鐘。その向こうから過ぎ行く鉄路の音が聴こえてきた。

弘法大師像のシルエット。
日が傾き、雲が下りてきた・・・
初めて訪れ、歩いた保土ヶ谷の宿場エリア。
かつて暴れる河川だったとは知らなかったけど、そのせいか、いくつもの寺社が高台にいい感じで残っていて、ありがたいことに今の時代でも皆を見守ってくれている感じがした。ほっこりする旅歩き、ありがとー。

安藤広重の描いた五十三次–第四の宿場 保土ヶ谷 新町橋
保土ケ谷宿を神奈川宿方面から帷子川越に見ています。現在は保土ケ谷本陣跡の史跡。橋のたもとに描かれた当地名物二八そば屋。客引きの姿に、大名行列と思われる一行。橋を渡る虚無僧や武士を乗せた駕籠姿。活気ある宿場と店の裏に広がるのどかな田園風景。
