
“旅はENCOUNTERS—東海道53次篇”
第12の宿 沼津宿エリア
(2025 07-2026 05に全53宿場訪問/沼津エリアはそれ以前と2025 0901含む)
東海道は箱根から三島を通り沼津の海に到達する。
ここから街道は海沿いに西へ、清水、静岡方面に向かってゆく。駿河湾に面し、背後には富士山。この東海道と富士山を海の方から眺めたい! というわけで沼津市の駿河湾のグーンと奥まったカーブのところまでやってくると・・

※西浦江梨地区. 沼津駅より東海バスで江梨行き終点(約60分)付近
石灯籠と一面の駿河湾。富士山がどんと座っている。The Nippon みたい。

風が吹いてくると白波が一気に走り出す。
裾野に散りばめられたような町の光景。
そうそう、東海道線、新幹線、東名道路などもその中を横断しているんだ。

富士山の手前の低めのゴツゴツ横に広がって存在感あるのが愛鷹山。
富士山よりずっとお兄さんの古い火山でもともとは3000mくらいあったそう。長い年月で浸食されて骨格が残っている感じ。富士山と愛鷹山の伏流水、豊かです。
海からの景色に圧倒されちゃいましたけど、これから真正面の対岸、沼津宿場方向に向かいますね。

来ましたーーー!
ここがちょうど沼津の宿場に近い千本松原。
沼津地域最大の狩野川は富士山や愛鷹山の湧水を集め、近くを流れている。松は大分昔、鎌倉時代以前から自然に育っていたみたい。
戦国時代(1580年頃)、武田勝頼側と北条氏側が激しくここで戦った。首塚もあって供養されている。その戦いの前、敵に利用されないように松林が切り払われてしまったんだそう。
そのために風や砂や塩害に農民たちが大変苦しんだ。
沼津の贈誉上人(ぞうよしょうにん/乗運寺)が一本一本経を唱えながら松苗を植えて、復活させたと言われている。(改行)
広大に広がる松林の公園。それを抜け、防波堤を超えると、海が、山が・・・になるはず。超えていくのがちょっとワクワクするのだ。

おっ 少年たち。防波堤の上、自転車で来たのね。
シルエットがとってもきれい。流れる雲も。
海方向、左手は伊豆半島のシルエット。

堤の上にあがると、一気に全身にあびる波の音。
海風も気持ちいい。
はい、ワンちゃんもお散歩ね。
自転車もジョギングもできるし、見晴らしがいいんだ。

砂浜から駆け上ったり、走り下りたりしたり・・

水際の砂浜にも遊ぶところ沢山。石ころも砂も流木も・・・

海を全画面にして語らったり・・・。

打ち寄せる波の音を交えての楽しくおしゃべりしたり・・

波しぶきあびながら盛り上がったり・・・

二人で自撮りもいいよねー

そうそう、砂浜で立ち尽くしちゃうの。
押し寄せる波が足下にきてギリギリで消えて行ったり、
波しぶきで濡れると石達の色の変わるのもおもしろいし・・・
あっという間に時間が過ぎてゆく・・・

あ、漁船がゆくね・・

漁船がキラキラの海面でシルエットになってゆく・・・
ママと少年もシルエット。

さっきから元気いっぱいのピーヨピヨピヨと旋律が聴こえると思ったら、イソヒヨドリ。ちょっと青っぽく、お腹は紅色でかわいい。

橙色になってきた空を鳶(トビ)が横切ってきた。

真上をすぎるトンビは結構大きい。羽先が大きく分かれているね。
目で追いかけると・・・

富士山の頂上の前を横切った。

V字飛行して愛鷹山を背景にくるっとこちらを向いた。

おっ 日が傾いて、まぶしい光が長ーくなってきた。

お日様も雲から顔を出したりひっこめたりしながら落ちてきた・・
そうそう、日没時に是非寄りたかった所があったのだ。
多比(たび)港。そこに急いで移動・・
江戸時代、狩野川河口近くの沼津宿から伊豆方面に行くには山側の陸路は大変だったので、海上で沼津港から多比港を経由して船で移動してゆくルートがあったのだ。そして多比は、当時から昭和前半まで一本釣り、定置網、磯漁、わかめ・海藻採取、干物同づくりなど漁業が盛んだったところ。大きくないけどその港に向かった。

日没に間に合った!
夕焼けの海空が美しい。釣りしている人がいるね。ヒューっと投げる音。

静かにつながれた漁船。水面がオレンジになってきた。

おっ 気づかなかった。船の係留の杭近くのタイヤのところに猫っち。
僕が近づいても動かない。人懐っこくてかわいい。そろそろここから帰る時刻ね。

あ、あそこにも釣り人。
山のシルエットと夕焼けがいいね。
静かな小さな港。

おー。お日様の光芒とシルエットたち。

沈みだすと結構早い。
今日のお日様は日の入りまで見届けたい・・・


海の向こうに沈むと一気に紺に紫に世が染まってゆく。
あ、右の雲の下に頭出ているのが富士山ね。
富士山とともに海の景色と戯れながらの一日はなかなか幸せ・・
ふぅーーと深呼吸。
頬に海風が流れてきた。
駅の方に、そう、宿場の方に戻んなきゃ。
なんか急にお腹がすいてきた・・・

夜に御成橋のアーチが美しい。沼津の中心街、大手町横を駿河湾に流れゆく狩野川にかかっている。明治9年(1876)にかけられた港橋がルーツ。明治45年(1912)に沼津御用邸に向かう皇族の渡る橋として御成橋が完成。しかし、悲しいかな、明治天皇が崩御され盛大な開通式は中止。昭和12年(1937)に2代目鉄橋として現在の橋に。第二次世界大戦でもわずかな凹み程度で生き残った。
狩野川は富士の湧水をたっぷり含みながらゆったり流れゆく。
この橋より少し河口寄りには魚河岸があって沢山の舟が往来し、伊豆・駿河湾の魚が沢山扱われていたのだ。お魚!

お腹すいているし、もう、シーフード食べなきゃですよね。
皆さん、ごめんなさい。
狩野川近くでおいしいお食事してしまいました。
有頭エビのペスカトーレパスタ。

イカのアーリオオーリオ。
キレのあるフレッシュなうま味がたまらん・・
一口、飲んじゃいました。
今日の海と富士山思い出しながらね。

さ、沼津駅まで少し。帰ろう。大手町交差点のお店を出ると・・・

わー。イルミネーション。嬉しい!!
ここは中央公園※ なんだけど、三枚橋城/沼津城の本丸跡。かつての姿はほとんど残っていない。が、わずかだけど石垣も昭和48年に発掘されたものも含めて、また、街道跡も隣接して残っているのだ。
昔を忘れずに新しい時代を歩んでいる感じがとっても嬉しかった。
ありがとー 沼津!
美味しい、いや、素敵な時空間に感謝。
勿論、また、来ますよーー
※中央公園; 現在 公園改築中
協力; イタリアンレストラン fermata

安藤広重の描いた五十三次–第12の宿場
沼津 東海道五拾三次之内 沼津 黄昏図
月がのぼっています。街道沿いを逆くの字で流れる狩野川。
橋を渡って沼津宿に向かう一行。画面中央の人物が背負う天狗は、猿田彦(さるたひこ)の面とされ、金毘羅まいりの旅人? また、その前に親子連れとも尼僧ともいわれる二人連れが描かれています。夜景がやさしく美しい。

